頼山陽史跡資料館 Rai Sanyo Shiseki Museum.

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頼山陽史跡資料館は、日本銀行広島支店の東隣にあり、電車通り側からだとちょうど、旧日本銀行の建物の裏側にあります。電停は旧日銀のすぐ前の袋町ですね。頼山陽は江戸時代後期の1780~1832年の生涯で、歴史や文学、美術などで活躍した日本を代表する漢学者です。

この資料館の場所は、江戸時代に頼家の屋敷だったところです。たけはら町並み保存地区にも頼山陽の銅像や、山陽の祖父である頼惟清が紺屋を営んでいた旧宅がありますが、ここは山陽の父である春水らと、山陽が11歳~30歳の青年時代を過ごした場所なんですね。現在は袋町の街のど真ん中ですが、江戸時代にも武家屋敷地として城下に住む武士たちが暮らす街の中心だった場所なんですね。

この資料館ですが、もともとは戦前にさかのぼり1935年に、「山陽記念館」として建てられました。その当時は、山陽が「日本外史」の草稿をまとめたと言われている居室もそのまま残っていたんですね。この居室ですが、山陽が21歳の時に広島藩を脱藩して連れ戻されたときに幽閉された居室なんです。その際に、部屋で日本外史をまとめていたんですね。

しかし、これらの建物は原爆によって、収蔵品とともにほとんど焼失してしまいました。戦後は「原爆記念保存物」に指定され、門・石畳の一部・塀の一部が、被爆したものがそのまま使用されています。また、庭園にはクロガネモチの木があるんですが、これは原爆の際に根株を残して全焼して、数年後に芽を出したものなんですね。

In 1935, this museum was built as a “Sanyo Memorial Museum”.Room that is said Sanyo is a summary of the draft of “NGK” was left.
But by the atomic bomb, along with the collections, the building was destroyed almost.I was designated as “atomic bomb memorial save thing” after the war.Part of the Mont-cobbled, use what you have exposed some of the fence. In addition, trees Kuroganemochi garden was burned to the ground leaving the stumps in the atomic bomb. But I have sprouted a few years later.

史跡資料館の建物は1995年に建設された3代目にあたるものです。展示室では頼山陽に関する資料は無論、江戸時代の広島の文化や歴史、近世文化に関するさまざまな資料などが展示されているんですね。資料館前には和風庭園があり、そして1958年に復元されて国の史跡となっている頼山陽居室も公開されています。

この動画は、入口から庭園、頼山陽居室を通って史跡資料館に向かっています。

 

頼山陽史跡資料館
開館時間 9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日 毎週月曜日(休日の場合は翌日が休館)、年末年始(12/28~1/4)、臨時休館(年数回)
料金 一般300円、小・中・高150円(土曜は小中高無料) 15名以上は団体割引あり
場所 広島市中区袋町5番15号
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