原爆の子の像 Children’s Peace Monument

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原爆の子の像は、別名、「千羽鶴の塔」、「佐々木貞子さんの碑」、とも呼ばれています。原爆ドームの南側の平和公園の東側入り口にあたる元安橋から、公園内を道なりに歩くとすぐの場所にあります。

佐々木貞子さんは2歳の時に被爆して、原爆の後遺症で白血病にかかりました。その病床のなかで、「千羽鶴を折れば白血病が治る」と信じて鶴を折り続けましたが、被爆10年後の12歳のときに亡くなりました。この塔は、貞子さんの同級生たちが、全国、全世界の子どもたちに募金を呼びかけて建設されたものです。1958年5月5日、子供の日に除幕されました。そして今、この塔にはたくさんの千羽鶴が全世界から寄せられます。寄せられた鶴は、写真後方のガラスで作られたスペースに、展示されています。

 

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碑文:
「これはぼくらの叫びです
これは私たちの祈りです
世界に平和をきずくための」

 

この、貞子さんという子は、とても素直な、まっすぐな、前向きな子だったのだろうと思います。辛くて惨い運命を背負わされ、12歳で亡くならなければならなかったことを思ったとき、熱く痛く、なんともいえない思いになります。

 

■レストハウス

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原爆の子の像のすぐ前にあるレストハウスは、平和公園の中で被爆前から残っている唯一の建物です。現在は、平和公園内の売店や軽食コーナーがあるレストハウスとして使用されています。

戦前は大正屋呉服店、その後戦時体制の繊維統制や、この建物が貴重な耐震建物だったことで燃料配給拠点として使用されました。戦後も早い時期に補修され、その後広島市が買収して1982年から平和公園レストハウスとなっています。

平和公園周辺の宿泊施設

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